淡路島の城跡を巡ります。
今回は、 洲本城下の城 。
立派なお堀が残ります。

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※拡大します
南淡路の主な城跡。
-淡路島、城跡めぐり-
洲本城 は
洲本市街地南側にある
三熊山(みくまやま) の頂上にあります。
【洲本市街地記事 地図】
洲本城下の城 は、地図右下。
この日は
三熊山 麓にある
洲本城 下の城 周辺を歩きます。
【前回記事】
「城の腰城跡 を散策」
国土地理院地図
洲本城下の城 周辺。
Googleマップでみる。
この付近は
洲本市の官庁街になります。
兵庫県道76号線。
左に 大浜海水浴場 。
正面は 三熊山 。
頂上に 洲本城 がみえますね。
こちらは 上の城 。
天守閣は、模擬天守。
でも、日本一古いらしい。
(昭和3年築)
写真左上に 石垣 がみえます。
洲本城 の石垣は
思ったより見応えがあります。
県道76号線 山手一丁目交差点 。
ストリートビューでみる。
上の写真、右側は・・・。
道路左側に お堀 があります。
写真右は 念法寺 。
ここは、 稲田氏向屋敷 がありました。
稲田氏 は
淡路国を治めていた 蜂須賀氏 の家老。
洲本城下の城跡 と 三熊山 。
正面は 淡路文化資料館 。
淡路島で
こんな立派なお堀が残っているのは
ここだけです。

洲本城 は、1526年 安宅氏 が築城しました。
ちょうど、 戦国時代(室町時代末期)。
斎藤道三 が、美濃を支配した頃。
中央は、山手一丁目交差点。
左に 念法寺 。
安宅氏 は、 熊野水軍の頭領 。
でも、
織田信長 が 淡路島攻略の命令が出されると、
1581年、羽柴秀吉 らに城を明け渡しました。
※1582年、武田氏滅亡
裁判所前。
三熊山 。 標高133m 。
洲本警察前。
右側に 洲本税務署 。
左に 洲本警察 があります。
上の写真、左側は・・・。
洲本警察 。
洲本税務署前のお堀。
1582年からは、 仙石秀久 が
この城を治めることになり、
石垣 を造り始めましたが
秀吉 の九州攻めの際に
軍律違反を犯して 高野山 へ追放されました。
洲本税務署 前には、
足湯(潮騒の湯) があります。
税務署前のお堀と石垣。
仙石氏 にかわり
脇坂安治 が新たな城主となりました。
脇坂氏 は
洲本城 を改修して水軍の本拠地とし、
豊臣水軍の中核を形成しました。
今残っている大部分の石垣は
この 脇坂氏 によるものです。
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淡路文化資料館 裏側に行ってみましょう。
県道76号線、山手一丁目交差点から
夢海遊淡路島 に向かって歩きます。

兵庫県道76号線。
道路左は 大浜海水浴場 。
正面は 夢海遊淡路島 。
上の写真、反対方向は・・・。

ホテル手前に 石碑 があります。

この付近に 濱手御門 があったようで。
中に入ります。

現在は住宅地になってますね。

城の内自治会。
洲本城内だったことが、わかります。

石垣の跡かな?

これも、石垣の跡?
関ヶ原合戦で徳川方についた脇坂氏は、
徳川幕府が開かれると転封されました。
1615年(江戸時代)に淡路島は
阿波徳島藩主である 蜂須賀氏 が治め
その家老の 稲田氏 が
明治維新まで 洲本城代 を務めました。
次回の淡路島城跡巡りは
「岩屋城跡」 の予定です。
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【洲本温泉の宿】
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すぐ前が 大浜海水浴場 です。
砂浜まで歩いて行けます。

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