淡路島の城跡を巡ります。
今回は、志知城。
黒田官兵衛(黒田孝高) も、少しだけ
滞在したお城です。




 ウェスティンホテル淡路
     -料金・宿泊プラン-

淡路夢舞台にある人気ホテル。





-淡路島、マニアックなページ-


地図 淡路島の城1
拡大します
南淡路の主な城跡。


-淡路島、城跡めぐり-
洲本城


志知城 は
淡路島南部を流れる
大日川 の西岸にあります。

地図 志知城4
拡大します
黄緑が、内堀、
水色が、外堀。
実線が現在残っています。
点線は、地形から判断して
過去にあったんではないかと
私が勝手に想像したものです。

残念ながら、
主郭部(本丸、二の丸)部分は
一部畑になってますが
ほとんど竹藪。
入れる状態ではありません。

地図 志知城2
Googleマップ。


今回は、
志知城の南側の外堀を歩きます。

【前回記事】
志知城外堀を歩く・2


地図 外堀5
Googleマップ
今回歩いたところです。

志知城15
この水路が 外堀 。
左が 志知城 主郭部(本丸・二の丸)。
主郭部 を囲むように
内堀 があります。

外堀は、正面の民家の間を
通っているようですね。

上の写真、右側は・・・。

志知城16
こんな風景。
写真、右端の丘の上に
吉備国際大学南あわじキャンパス 地図 が
みえてます。
吉備国際大南あわじキャンパス は
旧兵庫県立志知高 をリノベしました。

志知城17
地形から判断して
水路横の空き地も
もとは 外堀 だったかもしれません。

ということは
正面の民家は
外堀の上に建っているかも。

上の写真、左側は・・・。

志知城18
志知城、主郭部(本丸・二の丸跡)。
西側半分が 本丸 、
東側半分が 二の丸 。

本丸は、
一段高くなっているようですが・・・。

あとで、行ってみますが
雑草林で覆われ、
ちょっと、気色悪かった・・・。

志知城19
2軒の民家の間を
水路(外堀)が流れてます。
右側の民家が
もしかして、外堀だったかもね。

上の写真、反対方向は・・・。

志知城20
右に、志知城主郭部。
外堀 はオレンジ色の屋根の倉庫を通り
右にカーブしてます。

航空写真をみると
はっきりと 外堀 だったというのが
わかります。

2軒の民家の向こう側に行ってみます。

志知城21
この細い水路が 外堀 。
ここで、水路は消滅してます。

上の写真、反対方向は・・・。

志知城22
田んぼが広がります。
左端が 主郭部跡 。
稲を植えてあるところと
そうでないところの間に
外堀 があったかもしれません。

古い地図では、写真手前に
秀吉 が座ったと思われる
太閤石 があるようなんですが
ありませんね。
(ネットで調べると、主郭部にあるようですが)

左端のコンクリートの道を歩きます。

志知城23
左の橋が
二の丸 への橋。

ネットで
「危険なので渡るな」と、
案内標識 があったようですが
たぶん、
造り替えているいるようですね。

渡ったけど、危ないことはなかったですよ。

志知城24
内堀 にかかる橋。
右が 二の丸跡 。
主郭部 に渡る橋は、ここだけのようです。

内堀は、
この部分だけ狭くなってます。

志知城25
こちらは
志知城 東側 北歩行。
左が 二の丸跡 。
草むらに覆われてわかりませんが
内堀 もあります。

正面に 鳥居 がみえます。

志知城26
鳥居 。
鳥居 から写真左側に向かって
馬場 と呼ばれる参道があります。

馬場の先には
伊勢神社(伊勢大明神) があります。

志知城27
志知城南側。
高圧鉄塔左の民家の裏側に
外堀があります。
そこから、写真左に向かって
かつて 外堀 があったのではないかと。


志知城 は
あとで、年表を掲載しますが、
築城 されたのは、 鎌倉時代 のはじめ。

淡路水軍 の拠点となったお城のようです。

その後、
室町幕府に従いましたが
戦国時代 に
豊臣秀吉 に降伏。

黒田官兵衛 が少し滞在したようです。

そして
三原川(大日川)河口 に
叶堂城 を築城して
志知城が廃城となりました。


それでは、
内堀 にかかる橋を渡り
本丸に行ってみましょうか。


志知城28
こんな感じ。
この先に、
石碑と案内標識があるのですが
行くのがちょっと気が引ける・・・。

お好きな方は、
行ってみてはどうでしょうか。

志知城29
志知城東側の 大日川 から。
鳥居が少し見えますね。

上の写真、反対方向は・・・。

志知城30
三原平野 が広がります。
正面の山並みは 諭鶴羽山地 。
三原平野は
淡路島玉ねぎ の産地です。

志知城 は、
瀬戸内海 から4kmほど
内陸にあったので、
水軍の基地としては
不便だったかもしれません。

新しく築城した
叶堂城 は
河口から 600m ほどの
ところです。


<志知城 年表>
-鎌倉時代-
 ・初期 菅和泉守道忠 が築城
-南北朝時代-
 ・南朝方に従う。
 ・菅氏 は 野口氏 と名乗り、
  淡路守護 細川氏 に従う
-室町時代-
 ・末期 野口氏 は、 三好氏 に味方
-戦国時代-
 ・1581年~ 羽柴秀吉が攻め、
         当主 野口長宗 は降伏開城
 ・黒田孝高(黒田官兵衛 が
        志知城を預かる。
 ・1585年 加藤嘉明 が 志知城 に入城
        志知城は 瀬戸内海 に出る
        淡路水軍 の重要基地
-安土桃山時代-
 ・1595年 加藤嘉明 が伊予へ転封
        秀吉 の直轄領となる。
        代官の 石川光遠 や
        三宅丹波守 が入城するが
        三原川河口に 叶堂城 を
        築き、 志知城 は廃城となる

次回の 淡路島城跡巡り は
庄田城跡」です。



【この付近の宿

 あわじ浜離宮

 慶野松原にある人気の宿。
 松林に囲まれ、すぐ前が砂浜です。






【淡路島で人気の宿
-じゃらんnet-

 休暇村南淡路 -宿泊プラン&料金-
    
 福良湾と鳴門海峡を一望、
 とても眺めのいい
 コスパ最高の宿。



【国内宿泊予約】